「突撃(アタック)=ある米軍兵士回顧録=」  …それは、私が若い頃の話しである…  その頃、世界はWW2の真っ只中で、我がアメリカはドイツや日本を 相手に戦争していた。  当時若かった私は愛国心にあふれていて海兵隊に入隊したが、入隊早 々サイパンの前線に送られた。  そして、あの悪夢のような事件に遭遇した。それは、私がいた中隊が 日本軍のアタックにより壊滅したのである。  …話しは、中隊が壊滅した日より、5日程前にさかのぼる…  私のいた中隊は、日本軍の前線とおよそ1キロと離れていない所まで 進軍してきた。  その時に、小競合い程度の戦闘があったが、それ以来、ここの戦線は 膠着状態に陥っていた。  そのため、我々はそこに陣地を構えたのである。  ジャングルに身を伏せ、塹壕を掘り、日夜日本軍の攻撃に備えていた。  …そして、その惨劇の日が来た…  その日、私は同郷のジョンと共に、夜間歩哨に立っていた。  「ヘイ、マック!もっと体を低くしていろよ!!それじゃ、狙撃兵の 格好の的だぜ!!!」  「サンキュー、ジョン。でも、ジャップは射ってこないよ!連中はき っと、逃げ出したのさ!!」  「…そうだな、この前戦闘して以来、一発の弾もジャップの所から飛 んでこねぇからな!連中この前の戦闘で弾を使いきったのさ!」 と、ジョンは陽気に笑った。  その時、暗がりから突然。  「こらっ!お前達なにをたるんどるか!」  見ると、軍曹が目をつり上げて怒っていた。  私達は(いやなのに見つかった)とばかりに、首をすくめた。  「貴様らがちゃんと見張っていないと、我々がジャップのバンザイ・ アタックにやられてしまうではないか!!」  私とジョンは顔を見合わせた。  「バンザイ・アタックとはなんでありますか?軍曹どの」 と、ジョンが恐る恐る軍曹に聞いた。軍曹は、なんだ知らんのか?と言 いたそうな呆れ顔をして  「バンザイ・アタックとはなぁ、闇に紛れてジャップが我々の寝首を 欠きに突撃して来る事だ!その時、『バンザイ』と叫んで突っ込んで来 るから、バンザイ・アタックと言うのだ!ジャップの得意技だ。判った か?」 と軍曹は、小銃の銃床で地面をドンと突きながら言った。  「はい、軍曹どの!!」  私とジョンはほぼ同時に返事した。  「判ったなら、しっかり見張れ!」 と、言って軍曹は、私の背中を叩いた。  …と、その時である。  前方の暗がりに突如、煌々と火が焚かれた。  私は、驚いていたが、側にいた軍曹が  「敵襲!敵襲!!」 と、大声で叫んだ。  私は、軍曹の声にハッとして、その場に伏せて小銃を構え、無意識に 小銃の安全装置を外し、トリガーに手を掛けた。  陣地は騒然となり、あちこちで怒声がした。  とりあえず、火の方に向かって銃を構えはしたものの、火の周りには ジャップの姿は見えなかった。  不信に思いつつも、何が起こるのかと緊張していると、しばらくして、 火の明かりの中に2人男が映った。2人共明らかにジャップと判る人相 をしていた。  味方は、一斉に身構えた。  今にも、中隊長の「ファイヤー」の一言が掛かろうかと言う時、火の 明かりにの中に立っている男の方から声がした。  「射たないで下さい!自分達は、日本の慰問団の者です」 と、流暢な英語で我々に語り掛けてきた。  その声を聞いて、我々の緊張は一瞬緩んだ。  中隊長が陣地の奥から出てきて、  「投降するする気があるのなら、武器を捨てて手を上げてこちらにゆ っくりと歩いて来なさい、我々は貴方達を歓迎します」 と、たどたどしい日本語で言った。  しかし、彼らは手を上げる素振りを見せず、静かに首を横に振ると、  「いいえ、それは出来ません。慰問団と言っても私達は立派な大日本 帝国の人間です。生きて捕虜になる事は最大の恥とされています」  中隊長が何か言おうとしたが、彼らは話しを続けた。  「私達は、見ての通り、武器を身に付けていません、しかし、私達の 武器は、この口です。私達は日本のコメディアンです。これから私達が コントをします。これは、我が国で古来から伝わるコントの方法で、我 々は漫才と言っています」  「…マンザイ?」  中隊長はあっけにとられた。  「そうです」  しかし、彼らは中隊長の呆れ顔を気にしないかのように、言葉を続け た。  「もし、これから私達がやる漫才がつまらなければ、遠慮なく私達を 撃ち殺して下さい」  そう言ってから、彼らはマンザイと言う物を始めた…あっけにとられ ている、我々の目の前で…  「いやーぁ、アメリカさんは強いのなんの…上陸してからほんの数ヶ 月で、我々をジャングルの奥に追い詰めてしまいよった」  「そーでんなぁ、なんでそんなに強いんでしゃろ?」  「そりゃ、あんた体つきを見てみい!食べ物が違うよって、筋肉りゅ うりゅうや」  「ほー、食い物が違う?ほなら、なに食うとんでしゃろ?」  「ビフテキとか言って、牛の肉をたんと食べよる」  「牛の肉でっか?」  「そうや、こーんな分厚い草履みたいな肉を焼いて多べるんや、ビー フ・ステーキとか言う料理や!」  「ほぉーー、羨ましい!わいら、ここんところ満足に物食いよらへん から、”そりゃ、ステーキ”でんなぁ」  「なんでやねん!」  「米じゃあきまへんのか?」  「あかん、あかん、稲穂を見てみい!風が吹けばすぐ倒れよるではな いか?」  「でも、我々は粘りがあるで!」  「そうそう」  「納豆も食とる」  「おいおい…」 …と、彼らは機関銃に負けないほど、会話を次々とその口から撃ちだし てきた。  最初は緊張していた、我々であったが、彼らのマンザイを聞いている 内に段々緊張がほぐれてきた。  私も、彼らの会話が面白くなってきて、いつの間にかトリガーに掛け ていた指を外し、銃をおろしていた。  彼らのマンザイを良く見ると、向かって右側の人間が始終会話のリー ドを取っていて、次々に話題を出して来る。  左側の男は、その話題に対して合いの手を入れる。そして、時々とぼ けた事を言って、右側の男に叩かれる。  その叩く時の掛け声が、  「なんでやねん」  「やめなはれ」  「ちゃいまんがな」 である。  その内、彼らの会話が絶好調になると、我が陣地から笑い声が出て来 るようになった。  私も、ここが戦場であることをすっかり忘れて、彼らのマンザイに笑 い声をあげていた。  …そして、彼らのマンザイが終わりに近づいた時…  「あんたとは、もうやってられんわ!」 と、言って右側の男が手の甲で相手の胸を叩くと同時に。  『ええかげんにせい!!!』 と、突然周囲のジャングルから一声に掛け声が掛かると、小銃に着剣し た日本兵が突然ジャングルから飛び出してきた!  我々は、一瞬何が起こったか判らず、パニック状態に陥った。  そして、それが敵襲と初めて判る頃、我々の陣地は日本軍に蹂躙され ていた。  私とジョンは、奇跡的に陣地から逃げ出し、後方の味方の所まで逃げ る事ができた…そして、そのまま司令部にまわされ、事の一部始終を司 令官に話した。  司令官は、最初私とジョンの話しを疑い半分で聞いていたが、やがて、 斥候からの報告で、私達の話しを信じるようになった。  司令官は、その報告書に、「海兵隊**師団**大隊**中隊は、日 本軍のバンザイ・アタックにより壊滅」と書き記した。  その内、ちりぢりばらばらになっていた、中隊の人間が次々と味方の 陣地に帰ってきた。  みんなの話しを総合すると、どうやら味方は1人の犠牲もなく、陣地 を追われ、我々が陣地に集積していた食料弾薬など、みんな日本軍に奪 われたそうだ。  中には、日本兵に捕らえられ、身ぐるみ剥がされて裸で逃げてきた者 もいるそうだ…しかし、後で知った話しであるが、この報告は、戦後余 りに馬鹿馬鹿しく且つ、不名誉な事件だったので、戦史から抹消されて しまった… * * * * * * * * *  戦後、50年余り、私とジョンはネバダの片田舎で暮らしていたが、 たまたまベガスに遊びに行ったジョンが、とある劇場で急死したとの知 らせを受けた。  ベガスに行く前、あんなに元気だったジョンが…私は訳が判らず、ベ ガスに行った。  検死官の話しを聞くと、ジョンは、宿泊したホテルのショーを見に行 ってショーを見ている内に興奮して心臓発作で死んだそうだ。  「いったい、なんのショーをやっていたのですか?」 と私が聞くと、  「いや、日本の大阪から来た何組かのコメディアンの達のショーなん だが…2人あるいは、3人がジョークを言い合って…たしか、マンザイ とか言ったかな、私も見た事があるが、笑い死にするほど面白かったの かねぇ…大した事はないと思うけどね」 と、検死官はさらりと言った。  しかし、私は検死官の言葉より全てを悟った。  ジョンは、その日本のマンザイを見ている内に、戦争中の中隊壊滅の 惨劇を思い出して、興奮して死んだのだろう。  ジョンの葬儀を済ませ、私は、戦争中の回顧録を書き始めた。  …そして、サイパンのあの中隊壊滅事件をこう名づけた。 ”ジャップのマンザイ・アタック” と…  そして、戦後50年、新たなジャップのマンザイ・アタックが、我が アメリカ本土で展開されている。 * * * * * * * * * 藤次郎正秀